三重県四日市市と菰野町(こものちょう)を中心に広がる「萬古焼(ばんこやき)」の産地。なかでも土鍋は代表的な製品として、長く日本の食卓を支えてきました。
その産地で創業60年以上を誇る老舗窯元・三鈴陶器が、地元の陶磁器メーカー3社とともに2000年代に立ち上げたブランドが「4th-market」です。若い世代のつくり手たちが夜な夜な集まって語り合ううちに芽生えたのは、「自分たちが使いたいものを、自分たちの手で届けたい」という思い。今も、簡単にはできない技法にあえて取り組み続けています。
sen kitchenが目を止めたのが「八十八(やそはち)お櫃」でした。耐熱陶土の性質を生かし、保存したご飯のべたつきやパサつきを抑えてくれる器です。炊いたご飯を、次に食べるときまでおいしく保つための工夫が詰まっています。
ご飯をしまうだけでなく、おいしさまで考えられた器。その発想と、日々の食卓になじむ姿形はどのようにして生まれたのでしょうか。「4th-market」で耐熱陶器の製造を中心に担う三鈴陶器の代表・熊本泰弘さんを、菰野町の工場に訪ねました。
保存する器で、ご飯のおいしさは変わる。

「4th-market」の商品をサイトで見たとき、まず心を引かれたのは、シンプルで温かみのある形でした。なかでも「八十八 お櫃」は、炊いたご飯を保存し、温め直して食べるところまで考えられています。
味わいの違いを生む道具を届けたいsen kitchenにとって、心惹かれる理由のひとつでした。食卓にもなじむ姿を見て、どんな人が、どんな考えでつくっているのだろうと関心が深まり、もっと詳しく知るため菰野町の工場へ。
熊本さんから商品が生まれた背景を聞き、器の色や形をつくり上げる工程を見せてもらいました。端正な見た目の奥に、素材の選び方や手間のかけ方がある。訪問を終えるころには、このお櫃を自分たちの言葉で紹介したいという思いが、より強くなっていました。
ご飯を保存する素材から考えた「八十八 お櫃」
炊いたご飯を容器に移すと、ふたの内側についた水滴でべたついたり、時間がたって乾いたりすることがあります。お櫃づくりの出発点は、耐熱陶土が持つ性質でした。
「耐熱陶土の保湿性能や耐火性能が、ご飯を保存する素材として理想的だったため、お櫃の開発を手掛けました」
多孔質の陶土がご飯から出る余分な水分を吸い取り、器の内側に水気がたまるのを抑えます。温め直すときには、陶土に吸われた水分が蒸発し、ご飯のまわりを潤します。保存中のべたつきや温めたときのパサつきを、素材の性質によって抑えてくれるところがお櫃ならではの良さです。

使い方はシンプル。炊飯器から余ったご飯を移し、ふたをして冷蔵庫へ。翌日、お櫃ごと電子レンジで温め直します。炊いたご飯を無理なく次の食事につなげられることが、この道具の魅力です。
細かな部分にも、毎日の使いやすさが考えられています。平らなふたは上にものを重ねやすく、冷蔵庫の限られたスペースにも収まりやすい形。開口部は広く、ご飯の出し入れがしやすいうえ、底の丸みに沿ってしゃもじを動かしやすいため、隅に残ったご飯もすくいやすくなっています。
さらに、そのまま電子レンジで温められるので、別の器に移す手間もありません。見た目はシンプルですが、保存する、温める、よそうという日々の動作がスムーズになるよう、細部まで工夫されているのです。
ちなみに「八十八」という名は、「米」の字が八・十・八に分けられること、米が実るまでには八十八もの手間がかかると伝えられることに由来します。炊いたご飯を最後の一膳まで大切に食べる道具に、よく似合う名前です。
お櫃で保存する前の「炊く時間」そのものを楽しみたい人には、「コセール ご飯釜」もおすすめです。「4th-market」の初期から続くコセールシリーズの一品です。熊本さんは、一般的な炊飯器とご飯釜の違いをこう話します。
「炊飯器は、設定に合わせて安定した炊き上がりになります。炊いている間、火加減を気にしなくていいのも便利です。一方、土鍋では炊き方に意識を向ける手間が生まれます。でも、その手間こそが、自分好みのご飯に仕上げる楽しさなんです」
仕上げに火を強めて、少しおこげをつけることもできます。ご飯釜で炊く時間を楽しみ、残ったご飯はお櫃へ。炊くところから保存し、次の食事で味わうところまで、それぞれの道具が食卓の時間を支えてくれます。
こうした使い方を考えながら形を整えていく姿勢は、ほかの器にも共通しています。「ペルナシリーズ」のティーカップとソーサーは、朝の一杯からデザートの時間まで使える、日常になじみやすいカフェ食器です。

カップは、焼成時に一般的に設けられる高台をなくした無駄のない形。その姿を実現するため、口を下に向けて焼成しています。棚板に釉薬が付着しないよう、あらかじめ口元の釉薬を拭き取り、焼成後に上絵で整えてもう一度低温で焼き上げます。
何気なく見える形のためにも、いくつもの工程が重ねられているのです。
窯元たちが、自分たちの道具をつくるまで
「4th-market」が生まれたきっかけは、産地の祭りのイベント運営でした。集まった窯元が夜ごと話すうち、大量生産を続けるだけでは難しい時代に、「自分たちが使いたいものを、小量でつくりたい」という思いを共有するようになったといいます。
当時は注文を受けてつくる仕事が中心でした。そこから一歩踏み出し、企画するところから使う人に届けるところまで、自分たちで関わりたいと考えるようになります。
「自分たちの技術を見てもらいたい。ひと手間かけたことが伝わる商品もつくっていきたいと思っていました」
価格を抑えるために手間を省くことも求められるなかで、自分たちの技術や工夫を生かせる商品をつくりたい。そうした思いが「4th-market」へとつながっていきました。
デザイナーを交えて試作を重ねるなかで「各社が別々に卸すのではなく、共通のブランドとして届けよう」と方針が固まりました。祭りから数年を経て、「4th-market」は動き出します。三鈴陶器が手がけるのは、土鍋をはじめとする耐熱陶器です。

そのものづくりの姿勢を尋ねると、熊本さんは具体的な例を挙げてくれました。
「普通なら『この色とこの色しかできません』というところを、新しい釉薬を調合してみる。形も、少し難しくて手間のかかるものに挑戦する。普通なら避けたくなることも、やってみようという気持ちで取り組んでいます」
産地に同業者が集まっているからこそ、原料や焼き方について相談し、得た知見を持ち寄ることもできるそうです。そうした土地のつながりも、新しい色や形への挑戦を支えています。三鈴陶器でも、小さな数量や細かな仕様の相談に応じながら製品をつくってきました。
「小量でも、注文をいただいたものはまずつくってみる。つくれるものは全部つくる、という姿勢ですね」
色や形の希望に応えるには、同じ器を大量につくるときとは異なる段取りが必要です。気負いのない言葉ですが、さまざまな仕様に合わせて工程を組み立てる話を聞いたあとでは、そのひと言の重みが伝わります。そうした柔軟なものづくりが、「4th-market」の多彩な製品にもつながっています。
普段使いの道具について「主張しすぎず、しっかりと存在感があり、使い手の日常に自然と溶け込む存在になっていくアイテムの開発を心がけている」と熊本さん。「八十八 お櫃」の穏やかな佇まいと、保存や温め直しまで考えられた機能にも、その考えが表れています。
毎日の道具として、長く付き合う
土鍋の焦げや、釉薬の細かなひび模様である貫入について尋ねると、熊本さんはこう話しました。
「色が落ちるというより、使ううちに少しずつ焦げがついたり、貫入が目立ってきたりします。その変化もいいものですよ。使い方によって表情は変わりますから」
そうした変化を重ねながら、自分の暮らしになじんでいくことも陶器の楽しみのひとつです。一方で、気持ちよく使い続けるためには、それぞれの道具に合った扱い方も大切。吸水性のあるお櫃は、洗ったあとによく乾かしてからしまうなど、日々のちょっとした手入れが長持ちにつながります。
熊本さんは、イベントで「これかわいい!」と声をかけられると、つくり手としてうれしくなるとも話してくれました。以前買った器とは違う色を選びに来る人もいるそうです。
ひとつの器を使いながら、また別の器を買い足していく。そうして、お気に入りが暮らしのなかに少しずつ増えていきます。
手間を惜しまず、難しいことにも向き合う
工場は、もともと学校だった建物に設備を入れて使われており、廊下や柱には当時の面影が残っていました。なかを歩くと、土の空気を抜いて成形する設備や、パーツを取り付ける作業、器の表面をなめらかに整える工程などを見ることができます。なかでも印象に残ったのは、スプレーで釉薬を吹き付ける作業と、大きなトンネル窯。窯の温度は約1200度に達すると聞き、その規模にも驚きました。

スプレーによる施釉は、大量の釉薬を調合しにくい小量の商品でも、微妙な色合いを表現しやすい方法です。ただ、実際に作業を見ると、狙った場所に均一に色を重ねていくには、細かな調整が必要なこともわかります。
その技術が生かされている商品のひとつが、「カセロラ」です。ブランドに和の土鍋がそろってきたなかで、洋の食材や料理にもなじむ鍋として開発されました。ふたを載せる棚をなくして開口部を広く取り、炒めてから水分を加えて煮込む、アクアコッタのような料理にも使いやすい形にしています。

特徴的なのが、白い面と釉薬の面を塗り分けた仕上げです。熊本さんは、初めてデザインを見たときのことから説明してくれました。
「最初にデザインを見たときは、釉薬をどう塗り分ければいいのかと思いました。まず白をかけ、余分なところを拭き取ります。次に撥水剤を塗って外側の釉薬をかけ、また拭き取ってから、内側をスプレーで仕上げる。とても手間のかかる工程です」
浸け掛けの際には器を傾けることで釉薬がかからない場所も生まれるため、その部分まで整えながら仕上げる必要があります。熊本さんは「これは『4th-market』に参加しているからこそつくれるようなもの。うちの製品のなかでも特に手間がかかっています」と教えてくれました。
持ち手と本体のつながりにも、同じようなこだわりがあります。パーツを取り付けて終わりではなく、職人が一つひとつ手で押さえ、段差が目立たないようになめらかに整えていきます。生産できる数にも影響しますが、一体感のある輪郭を大切にしたいと、丁寧な仕上げを続けているそうです。
難しさは、製造工程だけにあるわけではありません。原料をめぐる環境の変化に向き合わなければならないこともあります。2023年には、土鍋の耐熱性を支える原料「ペタライト」の供給と価格が大きな問題になりました。
「ペタライトの供給が厳しくなったときは、本当に追い詰められました。2023年の夏ごろには、もう手に入らないと言われて。手に入っても価格は約3倍で、月150万〜200万円だった仕入れが、600万円ほどになってしまったんです」
熊本さんたちは陶土会社と代わりになる土を開発し、毎日のようにご飯を炊いて、割れないかどうかを確かめたそうです。少量で練った試作用の土ではうまくいっても、生産用の大きなロットになると状態が変わる。釉薬の色を整えようとすると、今度は焼いたときに割れてしまうこともありました。
土鍋に求められる耐熱性を守るため、収縮や釉薬との相性を何度も調整し、同年末にようやく実用化のめどが立ちました。
「カセロラ」の複雑な塗り分けと、土の配合を変えて耐熱性を守るための試験。取り組んでいることは違っても、難しいからと諦めず、まずやってみる姿勢は共通しています。普段何気なく使っている道具の背景に、こうした積み重ねがあることを、工場で実感しました。
記事に登場した道具
編集後記|sen kitchenが感じたこと
取材の前に見ていた「八十八 お櫃」は、シンプルな形の、使いやすそうな器でした。けれど工場を訪ねてみると、その使いやすさが、素材の性質や形の工夫、つくり手の手仕事によって支えられていることが見えてきました。
保存したご飯をどう温め直すか。冷蔵庫でどう収めるか。しゃもじですくうときにどう動かすか。普段は意識することのない動作まで考えながら、道具の形がつくられています。
取材を終えてあらためて感じたのは、「4th-market」の器が、特別な日にだけ使うものではなく、毎日のなかで自然に手が伸びる道具としてつくられていることでした。
炊いたご飯をお櫃に移し、次に食べるときに温める。
保存するための器でありながら、考えられているのは「次にどうおいしく食べるか」。
そんなところに、「八十八 お櫃」の面白さがあるように感じました。



