三重県菰野町(こものちょう)。鈴鹿山脈の東麓に広がるこの町は、湯の山温泉や御在所岳で知られる一方、古くから続く焼き物の産地でもあります。
この地域で作られてきた「萬古焼(ばんこやき)」は、250年以上の歴史をもつ焼き物。なかでも土鍋は代表的な製品のひとつとして、日本の食卓を長く支えてきました。その産地で陶器づくりを続ける山口陶器が、2014年に立ち上げた自社ブランドが「かもしか道具店」です。

特にsen kitchenが惹かれたのが「ごはんの鍋」。昔ながらの羽釜のような丸みを帯びた姿に、毎日の食卓で使いやすい工夫が詰まっています。ごはんをおいしく炊き、そのまま食卓へ。食べきれなければ鍋ごと冷蔵庫に入れ、翌日は電子レンジで温め直すこともできます。
便利さだけを追うのではなく、「いちばんおいしく食べられること」を起点に、暮らしのなかで自然と使い続けられる道具です。なぜ、こうした道具が生まれたのでしょうか。「ものを売るのではなく、その先にある幸せを届けたい」と語る代表の山口典宏さんを訪ねました。
「かもしか道具店」の「ごはんの鍋」に惹かれた理由

sen kitchenが「かもしか道具店」を知ったきっかけは、萬古焼の土鍋づくりで培われた技術を、現代の暮らしに取り入れやすい形に落とし込んだ道具の数々でした。
なかでも目を引いたのが「ごはんの鍋」です。シンプルでありながら温かみのあるフォルムは、炊き上がった鍋をそのまま食卓に出しても自然になじみます。さらに、おいしさのために蒸気穴をなくすという、常識にとらわれない設計にも心を引かれました。
公式サイトや商品を通じて感じたのは、効率を優先するのではなく、おいしく料理できること、使いやすいこと、そして道具の佇まいが料理をする気持ちを高めてくれることを大切にしているという点です。その先にある食卓や家族との時間まで思い描いたものづくりをしていると感じました。その「使い手の幸せ」を優先する姿勢は、sen kitchenが大切にしたい価値観と深く重なるものでした。
そして「かもしか道具店」の道具は、買ったときが完成ではなく、使い続けるなかで愛着が育っていく道具でもあります。実際のものづくりを見てみたい。どんな人たちが、どんな思いで作っているのか知りたい。そんな気持ちから、私たちは工場を訪ねました。実際に職人たちの手仕事を目の当たりにし、山口さんの話を聞くなかで「この道具を自分たちの手で届けたい」という思いがいっそう強くなっていきました。
おいしいごはんから逆算して生まれた「ごはんの鍋」

「かもしか道具店」のものづくりは、日常のなかの小さな気づきから始まります。
「常に意識して暮らしていると、気づきが生まれる。それを毎日のミーティングで言葉にして、本当に困っている人を助けられるのかを検証しながら、商品化していきます」
印象的だったのは、山口さんが繰り返し口にしていた「逆算」という言葉でした。
「機械で作りやすい形に走るのではなく、『使い手がその先で幸せになる未来』から逆算してデザインします。この道具で料理をして、家族が『おいしかったね』と笑顔になる。その未来から逆算しているんです」
その考え方を、ごはんをおいしく炊く道具として形にしたのが「ごはんの鍋」です。開発段階では、さまざまな形の試作品を使って炊飯を繰り返しました。鍋の内側で熱が均一にまわるよう曲線を調整し、炊く量に合わせてサイズも検討していったそうです。
この鍋の大きな特徴が、蒸気穴のない蓋です。土鍋には、蓋に蒸気穴を設けたものもあります。一方、「ごはんの鍋」はあえて蒸気穴を設けず、鍋のなかに蒸気をとどめながら、ごはんが水分をしっかり吸えるように考えられています。
「多少の手間がかかっても、食卓に出したときに一番おいしい状態であることが大切なんです」
もちろん、おいしさのために使い勝手を妥協しているわけではありません。吹きこぼれにくくするために、蓋が鍋本体にすっぽりと収まる形にし、鍋のフチも高く設計。内蓋をなくして扱いやすくし、蓋一枚で済む分、軽くコンパクトにしています。
蓋は裏返して鍋のなかに収められるため、「土鍋は大きくて収納に困る」という声にも応えています。炊き上がりのおいしさを優先しながら、収納や扱いやすさにもきちんと目を向ける。「ごはんの鍋」の形一つひとつに、毎日使う人のことを考えた工夫が詰まっています。
「ごはんの鍋」だけじゃない。逆算から生まれた道具たち
暮らしから逆算するという考え方は、ごはんの鍋に限った話ではありません。
たとえば「三とく鍋」は、煮る・蒸す・焼くの三役をひとつにまとめた道具です。調理器具をいくつも揃えるのが難しい一人暮らしや二人暮らしの台所でも、これひとつあれば毎日のさまざまな料理に対応できます。
収納の悩みに応えて生まれた「重ねふたもの」は、重ねてすっきりしまえる陶器の保存容器。食卓にそのまま出せるうえ、蓋自体も取り皿として使えるのが特徴です。中・大サイズは食材や作り置きの保存に、小サイズは茶碗蒸しやデザートの器にと、サイズごとに使い道が広がります。ひとつの器にいくつもの役割をもたせることで、限られたスペースでも場所をとらず、日々の食卓で無理なく使えるよう工夫されています。
食材の風味を大切にしたい人には「しょうがのおろし器」を。しょうがの繊維をつぶさず身だけをすりおろせるよう、羽の目立てから専用に設計されています。陶器なので金属製にありがちな匂い移りもなく、食材の香りをそのまま生かせるのが特徴です。しょうがはもちろん、わさびやにんにくのすりおろしにもピッタリ。楕円型で縁が立ち上がっているため、すりおろしたあと醤油を足せばそのままタレ皿としても使えます。
どの道具にも共通しているのは、「どうすればもっと使いやすくなるか」「どうすれば暮らしのなかで活躍できるか」を、使う人の立場から考え抜いているということです。
記事に登場した道具
重ねふたもの
すっきり重ねて収納でき、そのまま食卓にも出せる保存容器。蓋は取り皿としても使えます。
※「重ねのふたもの」は、今後、白のみマット釉薬に変更となり、黒・藍は廃盤となります。当店の現在庫はツヤのある従来仕様で、黒・藍も在庫がございます。
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炊く、そのまま囲む。「ごはんの鍋」がつくる食卓
ここからは再び「ごはんの鍋」に話を戻して、実際に使うなかで見えてくる魅力をもう少しお伝えします。
「ごはんの鍋」の良さは、おいしく炊けることだけではありません。炊き上がったら、わざわざ器に移し替えず、そのまま鍋ごと食卓の真ん中へ。蓋を開ければ、フワッと上がる湯気とともに、炊きたてご飯のいい香りが漂います。ごはんをそれぞれの茶碗によそう時間も、この鍋を使う楽しみのひとつです。食べきれなかったごはんは鍋ごと冷蔵庫に入れられ、翌日はそのまま電子レンジで温め直すこともできます。
「土鍋でごはんを炊く」と聞くと、少し特別なことのように感じる人もいるでしょう。しかし「かもしか道具店」の「ごはんの鍋」は、特別な日のためだけの道具ではありません。いつもの夕食にも、翌朝のごはんにも使えるよう、日常のなかでの使いやすさまで考えられています。
毎日無理なく使えて、食卓に置いたときには少しうれしい。山口さんが商品の価値を実感するのは、販売数よりも、実際に使った人から届く声だそうです。なかでも印象に残っているのが、あるお客様から届いた手紙でした。
「お米をあまり食べなかったお子さんが、うちのごはんの鍋で炊いたお米だけは食べるんですって。それが一番うれしかったですね。僕たちはごはんの鍋を届けているのではなく、ごはんの鍋を使ったその先にある食卓の笑顔のために動いているので」
「ごはんの鍋を買ったよ」という報告よりも「これで炊いたら、こんなことがあった」と聞けることがうれしいと、山口さんは微笑みます。
使うほどに、わが家の道具になっていく
「かもしか道具店」の道具を長く使うために、一番大切なことは何ですか。そう尋ねると、山口さんからとてもシンプルな答えが返ってきました。
「愛着をもってもらうこと。それだけです」
陶器は、使い込むほど少しずつ表情を変えていきます。「ごはんの鍋」であれば、火にかけるうちに鍋底に「火色」と呼ばれる独特の色味が加わり、釉薬の表面には細かな貫入(かんにゅう)が見られるようになります。新品のころとは違う風合いは、その道具と暮らしてきた歴史でもあります。
山口さんは「気持ちひとつで道具の寿命は変わる」と話します。大切にしたいと思うからこそ、道具を両手でそっと置き、丁寧に洗う。少しずつ変わっていく表情にも目が向くようになるのです。
「たとえ割れなかったとしても、愛着がなければ違うものをパッと買ってしまいます。愛着じゃないですかね、すべて」
手間がかからないことや、いつまでも新品のようであることだけが、良い道具の条件ではありません。使うほどに愛着が生まれ、自然と長く付き合いたくなる。そうした道具との関係性も、sen kitchenが届けたい価値のひとつです。
店頭に並んでいたひとつの鍋が、「今日もごはんを炊いた」「少し焦がしてしまった」「家族で鍋を囲んだ」といった日々の記憶とともに少しずつ表情を変え、いつしか「わが家の鍋」になっていく。そうして時間を重ねていけることも、「かもしか道具店」の道具の魅力です。
「その先の幸せ」をつくるために
こうしたものづくりの背景には、山口さん自身が家業と向き合ってきた時間があります。山口さんは、もともと会社を継ぐつもりはなかったといいます。しかし就職先の上司から「実家で商売をしているが、この先どうするのか」と問われたことをきっかけに、自分が山口陶器に育ててもらったことへの恩を少しずつ実感するようになったそうです。
「その恩返しと、父が築いてきた仕事を自分の代で途絶えさせてはいけないという想いで、家業を継ぐ決意をしました」
28歳で家業に戻り、のちに自社ブランド「かもしか道具店」を立ち上げます。当時の山口陶器は、取引先から依頼を受けて製造する下請けの仕事が中心でした。取引先や景気に左右されるのではなく、自分たちで企画し、つくり、届け、その結果にも責任を持ちたい。山口さんの強い想いから、企画から製造、販売までを一貫して手がける道へ進んだのです。
ブランド名の「かもしか」は、鈴鹿山脈に暮らすニホンカモシカから名付けられました。カモシカは三重県の県獣であり、菰野町の町獣でもあります。地域に根ざしたブランドをつくりたいという想いが、この名前に込められています。
「会社としては『新しい地場産業の形をつくる』をミッションに掲げています。単なるもの売りになるのではなく、ものを使ったその先に笑顔や幸せをつくることを目指しているんです」
そうした考え方が、「ごはんの鍋」のひとつひとつの工夫にもつながっています。
人の手を残すこと、産地を未来へつなぐこと
工場を歩くと、山口さんの言葉が実際のものづくりにも通じていることに気づきます。「かもしか道具店」では、あえてすべてを全自動化していません。量産に必要な機械を使いながら、成形以降の工程には、今も多くの手仕事を残しています。
土を削って鍋蓋を成形し、傷を取って表面をなめらかに仕上げ、一つひとつに釉薬(ゆうやく)を塗っていく。特に印象的だったのが、釉薬をはじく薬を塗る作業でした。ろくろのような治具を回転させながら、職人が指先で商品の中心を見つけ出し、均一に薬を塗っていく一連の動きから目が離せませんでした。

古い機械をあえて中古で導入することがあるのも、「人の手がかけやすいから」だそうです。効率化を図るための設備ではなく、思い描いた道具を形にするための設備を選んでいます。工場内を見渡すと「機械で作りやすい形から考えない」という言葉が単なる理念ではないことが伝わってきました。
山口さんの目は、自社の商品だけでなく同業の窯元にも向いています。近年は、廃業した地域の釉薬業者から事業を引き継ぎ、窯元に釉薬を供給するようになりました。
「同業者はライバルかもしれないけど、困っているなら助けたい。産地が元気になれば、結果的にみんなが良くなりますから」
技術の継承についても、次の世代が自らこの仕事を選び、続けられる環境づくりが大切だと山口さんは考えています。ひとつの会社だけではなく、産地そのものを次へつないでいきたい。山口さんの視線は、産地の未来まで見つめていました。
編集後記|sen kitchenが感じたこと
取材を終えて強く心に残ったのは、山口さんが何度も口にした「その先」という言葉でした。おいしく炊けることはもちろん、鍋ごと食卓に出してみんなで囲むこと。残ったごはんを翌日に温め直しても、おいしく食べられること。使い続けるうちに、その鍋が少しずつ家になじんでいくこと。取材で聞いた話を振り返ると、山口さんが考えているのは、道具が暮らしのなかでどう使われていくかということなのだと感じます。
だからこそ「ごはんの鍋」は、炊飯のための道具というだけでは語りきれないのでしょう。鍋を囲んだ日のことや、繰り返し使ううちに増えていく小さな跡まで含めて、その家の時間のなかに残っていきます。
sen kitchenが「かもしか道具店」の道具を届けるということは、山口さんたちが大切にしている考え方も一緒に伝えていくことだと思います。毎日の食卓に小さな楽しみが増え、手にした道具と自然と長く付き合っていく。「ごはんの鍋」をはじめとする、かもしか道具店の道具が、そのきっかけのひとつになればうれしいです。

